社寺建築をつくることの昔と今 変わるものと変わらないもの

寺院

仏教においては、鎌倉時代までは、新しい宗旨が伝わったり興されたり、思想史的にみてダイナミックな時代だったのではないかと思う。それまで伝統的だった教えと、新たに大陸から輸入された教えで議論が行われながらそれぞれが強化されて、新たな宗旨が定着するとともに古い宗旨も残る。

そういった行いそれ自体が切実な意味を持っていたのではないか。

(私自身は、思想のことは、入門書を読んでもよくわからないレベルの初初初心者であります。)

建築でも、大陸様式の需要は、頻繁ではないが行われていた。仏教伝来時の飛鳥時代、奈良時代、鎌倉時代など。日本人は、いつの時代も流行に敏感で、海外の良いものを積極的に吸収し再解釈し、独自に発展させるということに長けていたように思われる。各時代において、最新・最良の建築をつくるという気概が感じることができる建物が多く現存する。

災害や戦乱によって多くの建物が失われたが、現存する古建築は、そのような困難な状況を奇跡的に潜り抜けることができたものたちである。そして、それを守る人々がいたから現在まで残ることができたのである。

これは、現代人にとって大変な幸運であると思う。

とりわけ、中世以前の建築について、現存する多くはない事例をみていて、その創造性の高さに目を奪われることが多い。歴史にもしもは存在しないとよく言うが、建築においても同様だ。もし、もっと多くの建物が残っていたら、多くの類例比較によって建築の計画、設計、デザインの思考プロセスをより当時の実際に近い形でたどることができたのではないか、と思ってしまう。

現代で、社寺建築をつくることに対して、どれくらい創造的であるべきなのだろう。

伝統を守るとは、過去の形を墨守することだけではないと思う。たが、破りすぎたら異端視されてしまう。

明治から昭和初期にかけて、前衛的ともいえる「伝統建築」がつくられた。その系譜は部分的には現代まで続いているものの、ほとんど絶滅してしまったように思われる。現代の人間から見ると前衛的に映るものも、300年後の人から見ると古典になっているかもしれない。

古建築から感じる独創性は、当時においては極めて前衛的だったのではないか。

この疑問は、すべての現存する古建築に該当するものではないとは思うものの、国宝に指定されているような建物にはおおむね当てはまるのではないか。

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このブログでは、このような疑問を個人的な興味から探る跡を記録することを目的として始めたものです。社会的な貢献度は薄いと思われるものの、どこかに書き留めておきたいと思った次第でございます。

寺院・神社の建築や庭園をはじめとして、茶室、住宅建築などについても、覚書を残していきたいと思っております。

読んでくださる皆様にとって、実際にその場を訪れる際のささいな参考資料としてお役に立てたら幸いに思います。

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