花に彩られる大和国長谷寺における朝勤行

奈良県

個人的な恒例行事となりつつある春と夏または秋の一年に2回の長谷寺参詣。参拝から半年ほどが経過すると、また行きたいという気持ちが沸々と湧いてきて、そして実行に移す。その繰り返し。なぜ、こんなにも惹きつけられるのか、考えてみた。

参詣の際は、必ず麓の旅館に1泊する。その理由は、長谷寺で1000年ほど前から行われてきたとされる朝勤行に参加させていただくためである。

私は、普段、お寺や神社を参拝する際、建造物や仏教美術を拝ませていただくことを目的にすることが多く、宗教的な行事に参加させていただくことはあまりない。(もちろんお参りはいたします)

しかし、長谷寺の朝勤行だけは、年2回、引き寄せられるようにして参加させていただいている。

長谷寺の朝勤行は、冬季は7時、夏季は6時30分から開始される。前日雨が降った日なんかは、朝もやの中に山門がそびえる姿が見られ、神秘的である。山門(重要文化財)から登廊(重要文化財)、そして朝勤行が行われる本堂(国宝)へ至る。その経路では、地元の方と思われる朝の散歩をされている方や石段を掃き清める僧侶の方とすれ違う。このような日常的と思われる光景が、聖地といえる場において連綿と続いてきたのだろう。

本堂は江戸時代の建築であるが、木柄が大きく古風な趣も感じさせる。正堂と礼堂が連続する形で立てられている。礼堂は掛造となっていて、京都の清水寺と同様の構成である。ともに観音霊場である。朝勤行では、一般の参拝者は礼堂に上がらせていただき、観音様の前に座して読経を拝聴することになる。これだけでも、何だか特別な気分になる。

朝勤行の内容は、般若心経、九條錫杖経、妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五、神仏への遙拝などである。いずれも、十数名の僧侶の方々が大声で唱えられるもので、非常に迫力がある。読経は太鼓でリズムを刻みながらテンポよく行われ、高揚感が引き出される。かつて、一遍上人が踊念仏を広めたことも想起され、音楽的で身体的な体験というのは宗教的な啓示のようなものととても相性が良いのではないか、と感じる。

このような体験は、朝であるからこそ得られるものだと思う。静かな澄んだ空気の中で鳥の鳴き声が森の中から聞こえ、空から気持ちよく降り注ぐ大気で拡散された光を受けながら、力強い読経を聴く。これは、昼間や夜間にはできないものであると思う。現代は、電気によって簡単に明かりが得られるため夜の活動時間が長いが、前近代の夜は短かっただろうと想像する。そのような状況下では、暗闇から朝日が昇る時間というのは、人間が活動する時間の始まりであり、生きて新たな日を迎えられたことのありがたみを感じる時間でもあったのではないか。朝勤行に参加させていただくことで、このようなことを感じ考える。

30分ほどの朝勤行を終えると、境内をゆっくり散策することができる。この時間もまた楽しみの一つである。長谷寺は、花の御寺とも称される美しい境内が魅力である。私自身は、一番の見頃の時期に訪れたことはまだないのだが、それでも美しい植栽には惹きつけられる。参拝するたびに違う景色に出会うことができる。

30分ほど散策をし、旅館に戻って朝食をいただく。食事も毎回の楽しみの一つである。いつも宿泊する旅館「大和屋」は長谷寺の山門まで徒歩1分。この便利もさることながら、女将さんのお人柄が暖かく、リピーターになってしまった。

今回、来ることができてよかった。また次の参拝も楽しみ。このような参詣のかたちに出会えることができて幸運であると感じる。

観光旅館 大和屋

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